「有機食品産業はカナダで最も成長している分野のひとつで、小売販売は年20%近く成長しているんだよ」
ボニーと買い物に出かけた日、スーパーの有機食材の豊富さに圧倒されたことを晩の食卓で話したところ、早速ご主人のデイブが説明してくれました。デイブは政治、経済問題への関心が高く、彼がブログ(Blog Borg Collective)で発信する意見や見識は、地元の新聞社にしばしば取り上げられるほどのものです。
「20%も! 何でそんなに成長できるの?」
「まずは需要があるからだよ。調査によれば、カナダ国民の40%が有機食品を頻繁に買って、18%が定期的に購入しているそうだ」
健康的な理由から、さらに環境意識の高まり、ヨガブームに惹起される自然志向などによって、ここ数年、カナダ人消費者はこれまでになく安全で環境に配慮した方法で生産された食品を求めるようになっているそうです。その需要に応えたのがオーガニック(有機)食品です。
「だけど農作物は工業製品と違って、需要が増えたからといって供給が増やせるものではないのに、どうしてカナダはスムーズに増やせたの?」
「カナダは有機食品の生産に向いている国なんだよ。国土が広く、気候は寒冷。人口密度は低い。というわけで害虫や病気が少ない。だから農薬の使用を減らしやすいんだ」
「政府の後押し政策みたいなものは存在するの?」
「もちろんあるさ。カナダにとって有機食品は国としての国際的な影響力、ひいては国力を高める重要なツールのひとつだからね」
「国力?」
私は目を丸くしました。オーガニックといえば私にとっては健康的で、ちょっとオシャレなイメージです。それが国際的な影響力とか国力とかの話につながってくるとは、想像もしていませんでした。
「自国の生産者のライバルが増えるってことで、カナダにとってはマイナス影響?」
「Maho、有機分野の市場がはじまったばかりなのを忘れてはいけないよ。マイクロソフト然り、だいぶ前になるがVHS対ベータ然りだ」
※いろどりの美しい野菜やフルーツが並ぶカナダのスーパーマーケット。
至る場所に「ORGANIC(有機)」の文字が見える
「そうか、規格か!」と思ったものの、英語でなんと表現すればいいのか分かりません。急いで電子辞書を使って〝規格″を表す英単語を探します。
「正解だ」デイブが満足げにうなずきます。「カナダは有機食品について厳格な規格を設けて運用しているが、政府はカナダ規格の国際的承認を得ることで、自国業界の競争力向上をはかるのはもちろん、食品の安全性、環境配慮の面で世界のリーダーになろうと目指しているんだ」
その試みはほぼ成功するだろうと、デイブは誇らしそうに締めくくりました。アメリカすら手も足も出ないと(カナダ人はアメリカの影響を受けつつ、競争心も強いらしい)。
ボニーがデザートにとオーガニックの青リンゴを用意してくれました。手に取って、皮ごと一口かじります。カナダの政治的野心を秘めた新成長産業の味は甘く、ほのかに酸味がしました。